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まもなく終わる今年を考える

昨年の今頃、入学した通信教育のIINは、先週の月曜日の最後のテストをもって終了しました。

どうやら卒業できそうです。

思えば、昨年、思い悩んだことがあり、なにかを始めないと、気持がおかしくなりそうな状態でした。
なんでもいい、失ったかもしれない時間を取り戻したい、その一心で、IINへと申し込みをしました。

この一年、勉強が身についたかというと答えはNOだし、ホリステック・ヘルス・コーチというタイトルを
自分につけて、名刺を配るとか、話すというのは、今後、考えてはいません。

失ったかもしれない時間を取り戻したい、と思った後は、数秘から始まり、気がつけば、なぜか
レイキを教えてもらうのに、フランクフルトに通った夏前。その後に、ロンドンにてヒーリングを習い
どこに導かれているのか、わからないのだけど、充実した一年であったと言えます。

IINにはいって変化したのは、まず、地球規模にて知り合いが増えました。特に日本から受講している
方のグループにいれてもらって、お話をするのがとっても楽しくて。

そして、自分自身の変化といえば、体重がピーク時より4キロちかく落ちていることです。

たしかにIINのヘルスヒストリー(健康問診票)に、目標体重を書いて、練習で、けいこさんに渡した紙に
書いた体重になっているので、ここで考えられることは、勉強しているうちに無意識に、そういう生活に
なったのか、また、昨年まで抱えていた問題と別れを告げて、心身共に落ち着いた結果なのか
理由はたくさん考えられますが、自分に嘘をつかずに、すなおになってみると、心身共に
あるべき姿にもどっていくのだと、いうことに気が付きました。それは、IINの教えの中にも
含まれている部分でした。食べ物だけが一番ではないということ。

そして、いま、不思議な巡り合わせの渦にはいっていることを感じています。
先日、また、イギリスへと戻っていました。夏場に滞在した農家へと再訪問をしたのです。

静かな料理を食べて、最後、夕暮れ時に、農園の主と二人で歩き、大空を飛んでいく渡り鳥の
群れを見た時に、言葉にはいい表れない感動がありました。

すでに師と仰がせて頂いている、ここの主の
一言、一言がわたしの心を打ってきて、出会いの不思議さに、感動しています。

この方が、わたしの隣に座ってくださるだけで、それだけでも、エネルギーを頂けている
そういう存在が今、目の前に現れた今年後半。

昨年の今頃はこんなことが起きるとは思ってもいなかったし

いま、この時間が愛おしい。

いつか、なにか、今の経験を形にするのだとは思うけど、今は、目の前に起きる出来事を
楽しんで過ごしていきたい。

年度末に、ここまで気持が静かであることは、人生初めてだと思います。

いま、紙をだして、来年の予定を書いていること事態、初めてで、いつも、翌年の予定など
たてきれない、不安をかかえていたのに、今は、ちがう、
いろいろな変化を楽しむ人生、そうありたいです。
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by tubaki_hana | 2011-12-11 05:47 | 生命力

悲しい。

昨日、浅田真央ちゃんが、お母様の容態急変を理由にGPファイナル欠場のニュースをみてから、
真央ちゃんが日本に着くまで、お母さん、がんばって。と祈ってました。

世界中の真央ちゃんファン、また、ファンでなくても、この事態、心配されていた方はとっても
多かったと思います。

職場で、
真央ちゃんのお母様がなくなった、悲しいというと

同僚が語ってくれたのですが、
真央ちゃんのお母様の同じ病状で、その人はお父様を見送り、その、最後の壮絶な状態を
淡々と語ってくれました。

「思えば、お母様は真央ちゃんのいない時期に、だから、旅立っていったのか」と思い、それを
口にすると、その方も御兄弟は、お父様危篤の際に、海外でいらっしゃらなかったとのこと。

見るのが辛かったと
その状態をきくと、もし、自分に娘がいて
その状態を看取ってほしいか、と考えると、答えはNOだと思います。

娘としては、最後、看取れなかったことは、一生の悔やみになるけど
最大の母の愛であったのではないかなと思っています。

わたしたち、ファンは
いま、静かに待ちます。

そして、真央ちゃんのお母様、真央ちゃんを産み育てくれてありがとうございました。

どのお母様の偉い、世界で一番、順位はつけられないけれども

でも、いま、言えるのは、真央ちゃんのお母様は

本当に偉かった。そして、娘たちはそれを見て育っている。

躾の厳しさ、演技への情熱、それが、真央ちゃんの行動、態度、言動から
よく感じられます。

上手く言えないけど

ありがとうございました。あなたの娘さんに
教えられることは沢山ありすぎて、感謝の気持ちでいっぱいです。

思えば、この数年間、海外暮らしを辞めて、どうしても日本にもどって、名古屋で練習をしたい
コーチは日本人がいい、日本を拠点に練習をしたいと、こだわってきた、その理由が
お母様の死によって、理解される、一番悲しい話しなんだけど、まだ、10代、そして今、20代の
入口にたった一人の女性が、判断をしてきたことは、正しかったと言えます。

試合は、またあるけど
お母さんは一人。
最後のお別れまでもう時間は限られているけど
一緒にいてあげてください。

そして、マスコミは追いかけないでください。

おねがいします。
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by tubaki_hana | 2011-12-10 05:25 | 生命力