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究極のローフード

朝から手搾りのリンゴジュースをつくってみました。

お友達を招待しての朝ご飯会です。

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フレッシュな食べ物を出したい、一生懸命考えましたが、ふと、頭に思い浮かんだのは、昔、遠い記憶にある
やさしい味のりんごジュース。

りんごを包丁で割り、皮をむき、すべて自分で磨って、木綿の袋でぎゅーっと絞りました。

皮むきで無機質にむいて、ジューサーにかける、そういったものを、この日、お呼びした方に
飲ませくなかったのです。

優しい味を思い出してほしい、

そう思って、考えたメニューの一つでした。

自分でこの過程をやってみると、時間もかかるし、片づけも大変だし、ミキサーは便利だなあ、と
思ったのですが、すべての過程に手をかけてみると、
昔はすべて、こうやって、病人や子供に飲み物をつくってくれていたことを考えると
「お手当」の意味が本当にわかります。

手をかけることは、想いを移し替えること
元気になってほしいと思う、気持が伝わりやすい、静かな作業なのです。

ぎゅーっと絞って、グラスについて、飲んでみると、体にしみわたってきて、懐かしい気持ちになりました。

友人のためにつくったというよりも、実は自分の為でした。

そして、この飲み物をつくってみたことで、自分が本当にやってみたいスタイルは
エネルギーに満ち溢れた食べ物をつくっていきたいし、それを勧めていきたいということ。

もし、これを読んでくださっている方で、ガーゼでジュースを絞ってみたい、と思われた方、
お勧めです。

昭和のローフードです。

懐かしくて、なんとなくエネルギーを細胞に感じる、優しい時間をすごすことができるでしょう。
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by tubaki_hana | 2013-03-20 06:49 | 生命力

耳を澄ますこと

先日、3週間ぶりに日本の母へと電話をしました。

自分の勉強やら、姉が遊びにきていたこともあり、国際電話をかける時間もなく、久しぶりの母の声は
すこし沈んでいて、どうしたの?ときくと、数日前は、気分がとても暗かったとのこと。

1月に認知症に診断された父のことで、
一時期は、皆さまの助けをかりることで、気持も楽になったようでしたが、日々の繰り返し、投薬の関係も
あるのか、ささいなことで、表情が変わったりと、すべてを正面から受け止めるには、きつい日々。

姉がこちらにきていたときに、父が私のことを電話で質問したそうなんです。

「妹は元気ですか?」

すぐに、わたしの名前がでてきてなかったのでしょう。

そして、先日、わたしの誕生日の際も、

「きょうはTUBAKIの誕生日ですよ」というと

「あの人はどんなにしてるのか」と

やはり、わたしの名前がすぐにでなかったようでした。

「妹は元気ね」といわれて、大笑いやったよ。と話すと、

母も笑い始めて、久しぶりに笑えたとのこと。他に笑える語録はないのか、ときいたら、
ちょっとした笑える出来事を話し始めて、

「久しぶりに笑えた、おかしい」といわれて、ホッとしました。

実は・・とその先、打ち明けられたのは

物事は当事者しか、わからないっていうこと。身内に娘に相談をしても、「考えすぎ」といわれて
それ以上の相談をできない、ただ、聴いてくれたら、それがとても嬉しい。
こんなことになって、今、わかるのは、Aさんは、昔から長電話しては、母と2時間くらい話していて
Aさんは、母と話すとホッとする、だってただ聴いてくれるだけだから、といっていたそうなんです。

いま、Aさんの気持ちが解るよ、聴いてくれるってとっても大切、だから、あなたも、人が悩んでいる
ときには、まず、聴いてあげなさい。


この言葉は、どんなカウンセリングの本を読んでも、有名な先生から「人の話をきく」ということを
教えられても、ここまでぐさっとくることはありませんでした。

母に教えられました。

目の前の人の話に耳を澄ます。簡単なようで、これがとっても難しい。
気が付いたら、「自分にとってはいいこと」を目の前の人に話していたり、かえって傷ついたりと
する心の深い内側。

しばらく前、エンデ作の「モモ」を読みました。モモのところにはたくさんの人がいく、
そして自分で解決して帰る、モモはただ、聴いているだけ・・。


母にいいました。
「わたしはお母さんのことが心配、お父さんのことはいろんな人がケアしてくれているけどお母さんには
それがない、だから、なんでも話してほしい」と。

日常生活から、聞えてくる声は大きな学びで、それの繰り返しなのだ、と
感じた日曜日でした。
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by tubaki_hana | 2013-03-12 03:01 | スピリチュアル心理学

楽園はどこにある?

昨日の記事で、人身事故に遭遇したことを書きました。

わたしにとって、人生初、乗っていた電車が人の上を走ってしまったのです。

オランダはすこし前まで、人身事故を公表しませんでした。理由は、人の耳に入ると、つられて自殺者が増える可能性があるからです。
現在は、件数が増えすぎたのか、理由はわかりませんが、人身事故発生したかな、と思わせる放送がかかるようになりました。公表しないと、止まった理由の責任が鉄道会社にかかってくるからでしょう。

昨日、止まった電車の中で考えました。
ここも楽園じゃないって。

オランダの子供は世界1幸せだとか、いろんな幸せストーリーが流れているけど、そういう人もいれば
昨日のように死を選ぶ人もいる、

日本よりきっといい、って信じて、飛び出してきた過去の自分がとっても愚かに思える朝。

楽園は、外に求めるものではなく、自分の中にある。

って、死んだ誰かの体の上で気がついた朝。

何を求めて、外に飛び出したんだろう、よくわからない、日本にいたくなかった理由、いまは日本が
好きになった自分の変化。

事故に遭遇しなかったら、考えなかっただろう、楽園の行方。

目を閉じて、亡くなった方が、天に早く召されるように、それを望んでおられた結末、
何分かかるのか、わからない神様時間だから、空に魂が昇っていくことを祈って。
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by tubaki_hana | 2013-03-08 04:45 | 生命力

今日、わかったこと。

今朝、目覚めて、歳を重ねていることを考えると、洗面台で、母を想いました。
おかあさん、ありがとう。

いつも通りに通勤の為に家をでて、いつもと同じ時間に電車にのりました。

まもなく会社という時に、電車の車両がぐらっと揺れて、すごい音と共に急停車が始まり、
橋を渡り終えたところ、このいつもはないひどい揺れに「脱線する!」と体は反応して、
足にすごい力が入りました。

がががーーーーっという音。
なにがおきたのか、わからない、電車、倒れてない、脱線じゃなかったんだ。。とホッとしたのも
束の間、他の乗客が、「なんてことだ!」と叫んだので、へ?と思うと、すぐに放送で、人身事故
発生とのこと。
その後、2時間、止まったまま、救急車はこなくて、パトカーがやってきて、事故処理を始めました。

救急車の音がきこえないことを考えると、私たちののった電車の下に誰かがいて、もう命がないこと
を感じました。

どうして・・・・。

この場所は人が入り込むのは難しい場所なのに、警笛もなかったことから、常識では人がいないと
思える場所であったと思います。

時折、駅で人身事故のニュースを目にしますが、実際に、自分がのった電車で経験していると
それはそれは恐ろしく。

自死を選ぶ方は、最後の30分は頭の中が真っ白でなにも考えきれないとききました。
もう判断がつかない状態で、足を運んだ場所がここであったか、、と考えるだけでも悲しくなって
待っていた車内での2時間は、目を閉じて、静かに過ごしました。

人間、いつかは最後の日が来るわけだけど
こういった最後は本当に悲しい。あの音が、だれかの最後だったなんて、本当に悲鳴のような
音だった。

不思議と電車に乗り込む前、いつものドアに進みませんでした。いつもより後ろのドア、一番前方に
座るのに、今日はすわらなかった、虫の知らせというか、避けられない出来事の前に、体がいち早く
察知していたとしか思えません。

なにを書きたいのか、よく自分でもわからないけど
自死は、選ぶことは悲しいことの一つだし、残された家族がどれだけ悲しむか、苦しむか、
考え切れないほど、頭がからっぽになるまえに、誰かにSOSを出してほしい。

誕生日の朝、この状態で、目を閉じてしまい、
早く、電車の下敷きになった人が、天に召されますようにと、祈るだけでした。
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by tubaki_hana | 2013-03-07 07:41 | 生命力

時間が過ぎていく。そしてまた歳を重ねる


皆さま、ご無沙汰しております。前回のブログアップから数えて、はや1カ月以上が経過し
この間、なにをやっていたのか、はっきり自分でも思い出せない、まもなく歳を重ねる、
忘れるのも早くなるわねえ、と自分に納得です。

一昨日までロンドンにいっていました。

レストランからの眺めです。

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ロイヤルアルバートホールから、ナイツブリッジ、サウスケンジントンへとゆるやかに続く坂道
かつて、私がお金もなく、住む場所もないときに、子守として家に迎え入れてくださったご家族が
この坂道からあるいて10分の高級住宅地にお住まいでした。

あの頃の一年を思い出すと、朝からエプロンをして、家事をして、子供さんが家をでてから
宿題をして、学校へいって、夕方、また家事をして20時すぎにやっと自分の時間、すこしの間の
休み時間、時折、この坂道を歩いては、こぼれてくる楽器の音を楽しみにしていました。

レストランを予約した時に、この風景がみえるとは思っていませんでした。
席に案内されて、窓をみると、あ!と懐かしい風景。

この道を歩くのが楽しみだった、7年前と、いま、レストランの窓から眺めるこの坂道
まったく同じです。なにも変わらない。

でもかわったものは、歩いていた私は、お高いレストランから眺めている私よりもはるかに
バイタリティがあり、生きる力がみなぎっていたような気がします。

つまり、人間には、少なくとも私には、「お金」や「安定」も大切なんだけど、生きる底力を作るものは
それではないんだな。。と感じさせてくれるディナーでした。

こういった場所でのふるまい方、お洋服の着方、こういうことはマナー違反よ、と
教えてくださったのはここのお家の奥様でした。

お家を提供してくださる代わりに、わたしは家事をうけもっていたのですが、
時折、お食事につれていってくださったり、社会にもどってもいいように、こういったマナーを
重んじて、時折、いろんなことを教えてくださったな、とレストランのテーブルでしみじみと
思いだし、ただの子守の私を会社に戻してくださった、あのご家庭への感謝の気持ちは今も
忘れることはありません。

この窓からの風景は、神様からの贈り物、
この窓側に座ることの意味は大きく、

日ごろ忘れがちであった感謝の気持ちや、自分にとって大切なことはなんであったのか、思い出させて
くれました。偶然は必然、

まもなく、一つ歳を重ねます。

このテーブルで考えた事を胸に残して、新しい歳を迎えたいと思います。
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by tubaki_hana | 2013-03-06 05:33 | 言葉