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旅立った友へ

今朝、典子女王の御婚約内定の発表をみて、朗らかになった日。
その眩しさとは裏腹に、日本にいる友人が旅立ってしまったことを知る。



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30代で発病した彼女のこの数年は抗がん剤治療を受け、病気と闘う日でした。

子供さんも小さかった為、最後、会った時は、小学校に上がるまで生きたいと
それが希望でした。5年先の生存率がわずかの病気。
それが叶うかわからなかったけど、たぶん子供さんは
小学校にあがったはず、延命ができていたことを想います。
いつか人間はこの世を去るのだけど、

やはり旅立ちはさびしい。悲しさより、今は、病と向き合うことに終止符が打たれたことに
すこしの安心感と、ぼんやりといろいろと思いだす午後。


あっと言う間の22年間だったな。
知り合ったのはついさっきだったような気がする、
あっという間に流れた時間。

その間に、結婚、離婚、再婚、出産と忙しい人でした。・

昔、彼女のほうが、先にオランダに遊びにきていて、
「オランダはポリスをぽりちい、っていうの」

「日本っていい国なんだって、戦争で国が無い人がオランダにはいて、普通に路上を歩ける生活が
恵まれているという難民にもあったよ」

などなど、教えてくれたことを懐かしく思い出します。

人の命の長さはそれぞれだけど、
しっかり生きた結果なんだよね。

がんばった彼女にいま、拍手。

お疲れ様でした。









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by tubaki_hana | 2014-05-28 08:00 | 生命力

誰かの死から学ぶこと


先日からの続きですが、
日曜日、日の出をみて、清々しい気持ちになりました。
夕日とは違う美しさにハッとさせられることも
あり。

友人がすでにこの時、日本で死の淵にいることも気がつかず。

生活、とはそういうものです。

生まれ来る朝、そして夕日が落ちる西に帰る人たちの
中に彼女が入っていったのも運命であったのでしょう。


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わたしは遠方に住んでいることもあり、日本で友人が亡くなっても葬儀にでることは
できません。祖父母の死にも立ちあうことがありませんでした。
死に直接ふれることがない日々、昨年はオランダ人の知人のお母様が老衰で亡くなられてその前に
お見舞いにいくと、まもなく、お別れなんだな、とそういった感覚でおります。
西に帰る人々を見送る予感のする時間はしんみりとさびしく。

死という事は
様々なことをわたしたちに伝えてくれます。
いつかすべて終わりがきますが、
私の人生の中で、だれかの死によって伝わってきたことが2度ありました。

中学時代の塾の先生が、わたしが高校生の時に自死されました。
葬儀がおわってから、家を訪ねると、憔悴した老いたご両親の姿、
実は、一人娘さんであった先生は、優等生で、適齢期を迎え、親が進めるお見合いに気乗りせず
次第に精神を病んでいかれました。そして、ある日、命を絶たれました。

自分の生き様をはっきりさせないと、過保護な両親のもとでは自分がつぶれていくというのを
はっきり自覚した17歳、
私には、両親が過保護すぎるところがあり、それが大きな不安となっていました。そして、この
先生の死から、自分が将来、親にすべてのことを決められるのではないかという恐れ、そして
20代すぐに、自らそこを抜けないと、後悔する人生になると感じ、ほぼ10年かけて、親離れを実行しました。

離れる苦しさは、いまでも覚えていますが、死にいたるよりは楽であります。

そして、きちんと親から離れ、親もまた学習し、お互いの学びとなると、
今度は、両親の老いに対して正面から向き合える状態になれた、と思います。

こういった心の状態になったことは昔のわたしからは考えられないことですし、
スタートは17歳、かれこれ、25年前のことです。ずいぶんと長い旅をしました。

おかげで芯がずれないことで、環境がかわっても変わらない自分でいられることを目標にすることが
できました。

それぞれの生き方、チェンジするきっかけはそれぞれですが
誰かの死がきっかけになることもあり、
いろいろな人たちから伝えられるメッセージの重さを今、感じています。




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by tubaki_hana | 2014-05-28 06:17 | 生命力

美味しんぼ事件

皆さま、ご無沙汰です。すっかり夏の気候ですね。ブログ、こちら更新できず、
訪問して下さった方、ありがとうございます。
一昨日、日の出を見ました。暗いうちに家をでて、15分自転車を走らせると、
昇る太陽に合わせ、鳥たちが歌い、風が吹きそれぞれが奏でる音がまるで音楽のような、
清々しい朝でした。
自治体のイベントに参加するために、早起きしたのですが、道に迷って、最初のヨガは参加できず、
一人、日の出を眺め、いいタイミングでした。昼には疲れて、数時間寝てしまいましたが、
翌日はすっきりとした気分で、不思議だなあ、と思い調べてみると、朝日は鬱病患者に良いそうです。
すばらしい自然療法ですね。体内時計を整えてくれるやはり太陽は母です。
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さて、話は代わり、最近の日本の話題、美味しんぼの鼻血事件。漫画一つに総理大臣まで介入して
くるのには驚きでしたが、それぞれの立場の人が、いろんなこといっているので、正直、漫画家よ
りも、見苦しい人たちがみえてきてうんざり。

同時期に、故吉田所長の調書が朝日新聞にて暴露されて、壮絶な内容を目にし、
それでも国民に思考停止を望む政府に失望しています。棺桶に片足半くらいつっこんだ
年老いた政治家とその仲間たちには、今の子供たちが大人になるころにはこの世
にいない方が多いでしょうから、あまり健康被害は気にしないのか、しらないフリをしているだけ
なのか都合の良すぎる、歯の浮くような言葉が並んで、もうウンザリしてしまいます。鼻血の件も
少なくとも被爆地を県庁所在地に持つ県の子供は、小学校1年生から放射能の危険性については、
夏休みには習うわけです。夏休みの友にもあれや、これやと調べたことを書いたり、被ばくされた方のこと
を想って書いたりしたものでした。放射能といえば、健康被害、もちろん鼻血も含まれますし、
想像するのはたやすいことで、自治体がインプットしてわたしたち育っているわけですから、
いまさら、原発被害に興味や関心をもつことをうとまれても、こっちが困るのです。興味を持つ
ように教育されてきました。わたしたちは、こうやって、その時の都合にあわせて、教育をされてきているのです。
たとえば、昔、わたしは体操着を着る時に、ブルマは嫌でした。恥ずかしいし冬は寒いし、男子は短パン、
女子はブルマでおかしいんじゃないか、女子も短パンでいいんじゃないかと思っていたことは、
当時、「馬鹿な考え」「そんなこと考えるおまえが悪い」といわれて、時にはジャージきて出席していたものですから、
ぼっこり頭を殴られたこともありました。さて、時代代わり、今の子供たちはどうでしょう。

女子も短パン、女子高などは、かわいらしいスコートのような体操着ですよね。
おいおい、わたしの頭殴った、先生、殴られた意味わかりませんよ、といまでも思います。
ブルマと原発問題はレベルが違いますが、非常に腹が立つのが、共通して
「状況によって変わることに疑問をもつことを否定される」この日本の雰囲気です。
今回、鼻血表現に関して、認めている人たち(感情的派)にたいして、証拠がないと突っ込む議論派、
せっかくですから、とことん意見交換しましょうよ。お互い、環境が違うのですが、
考えることが違ってあたりまえ、やっちゃいけないのは、こうやって、
ブルマを否定した時に、げんこつで殴ることですよね。

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by tubaki_hana | 2014-05-27 08:03 | 日本の問題