高野山の精進料理

いつのころからか、菜食に興味を持ち、普茶料理、マクロビオテックと
うろうろとしたものだけど、その中で、昨年か購入していたのが
こちらの本。


高野山の精進料理

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弘法大師が開創されて1200年、真言密教の世界。

その中で受け継がれてきた精進料理の数々が本の中で紹介されています。


最近は健康志向もあり、ベジタリアン食が注目を浴び、料理家も
多いのですが、その多さに、時折、商業的なものも感じるし、しっくりこない。

ハリウッドのスターたちもマクロのプライベートシェフを持つくらいに
はまっている世界だけど、なんか、最近、方向がよくわかんないのが
正直なところ。


釈迦が説いたといわれる

精進
なまくさ

とは、

単に肉食をしないこと、臭いの強い植物を食さないというだけの意味ではない、
経典に、「なまくさ」の説明として


「なまくさとは、欲望を正しく制することのない者、殺生すること
 盗むこと、言慎まないこと、嘘をつくこと、詐欺をすること、
 不倫をすること、粗暴で無礼であること、友を裏切ること
 無慈悲で傲慢であること、怒り奢ること、頑迷なこと」


 これらが、なまくさである。肉食することが、なまくさではない。


自分を含め、世の中、なまくさな人間だらけで
菜食したところで、心身、なまくさな人間、沢山いるでしょう。


食べることで清くなろうなんて
傲慢で、ちょっと人間奢ってる。



この本を久しぶりに本棚から出して、読んでみて
自分の俗っぽいところや、見えてなかった、情けない部分など
考えさせられました。


また、この本を通じて
自分がやりたいこともすこし見えてきたような気がします。


本の中盤、お膳の写真が沢山でてきます。

お呼ばれされた僧侶は、ほんの僅かを口にして、他のお料理を
折詰に詰めて、持ち帰ります。
自分だけ、ご馳走を頂くのではなく、寺の僧にも平等に分け与えるのが
この世界の礼儀なのです。


たぶん、結婚式とか仏事の時に、すごいご馳走がでてくるのは
昔、こうやって一般人でも折詰に詰めて、家族に持ってかえっていた風習が
あったのだと思います。

たしかに、わたしが子供のころは
父や母が結婚式などにいって、折詰に詰めておかずを持ちかえりして
くれていました。

きっと、私たちが好きなものには箸をつけずに
折詰に入れてくれていたのだと思います。

今は、気温が上がりすぎていて(これも人間のエゴが理由のひとつ)
食中毒などで、折詰は無理になりましたけど

それならば、全体的にもてなし料理の量を減らすべきだと思います。

あの量の基本は「家に残しているものに、ご馳走を持ってかえる」ための
もので、現在はそれが無理なのです。

盛り合わせたものをダラダラと時間をかけて食べる、お酒や飲み物も
増える、当然ながら、体は全身、ごみ箱と化す。

もちろん、結果、病気になりやすいからだになるのではないかなと
思うのです。


昔の「持って帰ってあげよう、だからお箸をつけるのをやめよう」って
気持ち、とっても大切だと思います。

それを取り戻す生活をするのが
いま、必要なんではないかなと感じています。
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by tubaki_hana | 2010-10-19 04:19 | 生命力